中学生のころラジオの深夜放送にハマり、アメリカの音楽を知った。カントリーから入ったものの、行き着いた先はブルーグラス。バンジョーに魅せられどんどん深みに入り込んでいった。
折しも1970年代後半は国産の楽器の完成度が高くなっていった時期でもあり、別項のトーカイ楽器のシリーズを筆頭とした(今の目から見ても)高品質な楽器が学生でも容易に入手できた時代だった。

 国産の各メーカーの行った「往年の名器のフルコピー」ということの是非はともかく私自身がバンジョーに限らず弦楽器を深く考察するきっかけになったことは間違いないし、また、Gibson、Fender、Martinあたりの名機復刻路線のきっかけを作った時代だったと思う。


 そんな中で最終的に私の興味が向かったのは一本のバンジョーだった。もっとも、その楽器自体は時代とともに姿を変え続けているので「アールスクラッグスが1960年代に使っていた仕様」という表現が適切かと思う。


STORY of #9584-3

 もともとはギブソン製、製造番号 #9584-3、オリジナル5弦の1930年代の「Gibson RB Granada」なんだが、質屋にぶら下がっているのをスナッフィージェンキンスが$37.50で購入し、プレイヤーとしては駆け出しのドンレノに売った。スナッフィージェンキンスという人物は、自分でも同時期のRB4を所有し弾き続けたプレイヤーだが、彼の選択眼は鋭いとしか言いようがない。

ブルーグラスの創世記に、後に名を成す二人の若者に、彼らの生涯の伴侶となる楽器との出会いを演出しているのだから・・・


Don Reno with #9584-3

この楽器を購入後、ドンレノは残念なことに兵役に取られる。そして兵役を終え戻ってみると彼曰く「フィドルのロジンみたいに粉を吹いてしもうとったんや、格好悪うて使えるかいな」。金鍍金は粉を吹いているわ、フレットは磨り減っているわ、ステージで使用できる状態ではなかったらしい。おそらくはプレイしたままの状態の楽器を湿気の多い環境に置いたままにしたために痛みが進んだ、ということなのだろう。

ところが、この楽器に目を付けたのが我等がスクラッグス。「あかんなー、楽器はぴかぴかにしとらなあかんで。これなんか見てみぃ」と言って煽ったためかどうかは定かではないが、スクラッグスはスナッフィージェンキンスから購入していたRB3というモデルをそのGranada+ギター1本と交換することに成功する。

スクラッグス曰く、「それのトーンが気に入っとったんやさかい、見てくれ悪いけど交換したったんや」


Earl Scruggs with #9584-3

 これがスクラッグスが入手した時点での画像。不鮮明ながらどう見ても金属部分に艶がなさそうにしか見えないが、オリジナルコンディションである。テールピースは破損したのか、すでにオリジナルパーツではない模様。

 バンジョーという楽器は、他の弦楽器と違い、相当なところまで容易に分解できる。つまり必要に応じて部品を交換することができるのだが、レスターフラットと組んだスクラッグスは超売れっ子となり、中南部を中心として全米を駆け巡る日々が1970年代まで続くことになる。演奏頻度が多いということは、取りも直さず楽器を酷使するわけで、#9584-3のここからの歴史は、改造の歴史となってゆく。

 まず、1949年にGibsonファクトリーにて金属部品の交換と、フレットボードの交換を受けている。現在であれば噴飯ものの話だが、その時点では最新の通称Bow Tieインレイのフレットボードが装着されてしまう。また、前後してカム式のスクラッグスチューナーも装着されている。

 また、ネックも削られている様子だが、Gibsonが削ったのか、スクラッグスが誰かに依頼して削らせたのかは不明。



 金属部分のパーツは同様にその時期に量産されていたバンジョーのそれが使用された。




 そして約十年後の1958年頃には大方の予想通りにネックが暴れ、修正不能になる。ナッシュビルのJ.W. Gower氏がマホガニーでネックを新造。通常は、ネックとリゾネーターの材質は揃えるのだが・・・ネックにマホガニーを使用した経緯は全く持って不明である。また、一からネックを新造したのか、はたまた既存のネックを改造したものなのかも不明である。また、現行のGibsonのスクラッグスシリーズのバンジョーラインアップに1960年代仕様を加えない最大にして唯一の理由はこのあたりではないかと思う。この時点では機械式チューナーが装着されたまま。



 さらに1960年代半ばにWalt Pittman氏によってフィンガーボードの交換、そしておそらくKeith-Scruggsチューナーへの交換のためにヘッドストックの穴を埋め、インレイも復元している。日本公演に持ってきていたのがこの仕様である。

 残念なことに、日本公演の後、程なくしてスクラッグスはレスターフラットとコンビを解消してしまう。すったもんだの挙句、結局スクラッグスがバンドを抜けた格好となるのだが、ビルモンローの下で出会い、共にブルーグラスを作り上げ、ビルモンローから独立した格好でブルーグラスのモダナイズを行い続けたこのコンビが以後舞台を共にすることは無かった。

 もうひとつスクラッグス独自の楽器のセットアップがある。現在まであまり指摘はされていないのだが、まずは下記の画像を見てほしい。ビバリーヒルビリーズからの画像である。



 最終フレットの位置に注目してほしい。ほとんどテンションフープに触れんばかりの位置である。量産では指板の端部の欠けを考慮すると絶対にしないはずの処理である。さらにクローズアップする。



 このセットアップによって何が起こるかというと・・・楽器自身のスケールが通常のものだとすると、ブリッジの位置が通常の楽器よりもテールピース寄りになる。ほんの数ミリであるが音質への影響は大きいと考えられる。

 このネックは現在でもスクラッグスの息子の所有であると伝えられている。