携帯電話に始まるオレンジシンドロームは車にも飛び火した。仕事で757-103とかかわりを持ったことも同時代のこのモデルに目を向けたきっかけになったのかというとそうでもなく、話は車に乗り出したころに遡る。


20代も半ばで四輪に目覚めた私は、その頃まだ大学生をやっていた。それまでずっと2輪で通していたのだが毎月3,000km以上走っていた。ところがある夏、友人の車に乗っているときに追突事故に遭遇、まあ、よくある「ひどいむちうち」というやつで、2輪に乗れない体になった。

2輪ではカワサキのマッハ系をはじめ2ストロークを乗り継いでいたので、4輪で何に乗ろうかと考えたときに消去法で選択したのが通称「SA」・・・初代RX-7だった。

パワーウエイトレシオ( 出力と重量の比率 )はよく言われるが選択の際に最も気にしたのがパワープライスレシオ( 出力と価格の比率 )。また、メンテナンス費用も当然勘案。当時の前期SAの中古車価格は車両7万円から15万円。最後の2年車検を受けられる車の価格がそんなところ。当時は家庭教師の収入がそのまま可処分所得となっていたため燃費は全く気にせずに選択。

これが体になじんで都合2台20万キロを乗り倒す結果となった。世に言われているほどは脆弱なエンジンではなかったし、それどころか動弁系を持たない分長距離耐久性も優れていた。肝心の燃費もノーマルだと、キャブレターやエアポンプ、点火系のセッティングを繰り返し詰めた結果、10km/g前後。元来、1tを少し超えるだけの車重のせいもあるのだが、200km/hを日常に近づけることの出来る乗り物としては、望外の経済性だった。安くて速い下駄として、また自動車を学ぶ教材として、2台のSAで走破した20万キロは貴重な経験となった。

挙句には広島に出てマツダがらみの会社にもぐり込んだ。その後、イギリス産の猫にくらくらっとしたりしたものの、ある日突然在籍セクションが消滅したのを機に野良になった。フリーになって何年かしてレーシングカーのデザインにも手を染めた。英国とのやり取りの末、広島でデザインし、英国まで行って原型を製作。チャームポイントは、WWIIの戦闘機マスタングから拝借したリアカウル背面のエアインテーク。



その時、搭載予定だったのはレース用の3ローターのロータリーエンジン。そう、MAZDA 757に搭載されていたものを源に持つエンジンだった。が、残念ながらスポンサーを得られずにロータリーを積んだ本来の姿を実現できなかった。
このモデルはBMWの6気筒を積んでIMSAを何戦か走った。画像は原型を製作中のものしかなかったのだが、いつの間にかネット上に「生きている姿」の画像が転がっていた。

ロータリーにこだわってきた自覚もないのだが腐れ縁なんだろうな。757-103も、広島に置いたままで縁が切れたと思っていたら追いかけて来て、未だに復活させるために助力する立場が続いている。



こいつは2003年春に入手、同12月に登録した。前期型AT 女性2オーナー 改造履歴なし マフラー以外フルノーマル。気持ちよく走ると燃費が悪いのが玉に瑕だが、上等な下駄になっている。



ちょこまか手はかけているので調子は崩していない。入手以来、約2万キロ乗ったが、ショックアブソーバーをアフターマーケットのビルシュタインに変更。ホイールはFC後期に純正オプションとして設定のあったBBS RGに変更。純正ホイールを履いていたころのホイールのどたばた感はなりを潜めている。とは言うものの、足回りのコンプライアンスは要交換な時期であることに加えて、最近になって右フロントのストラットからのオイル漏れを発見、なので、どのタイミングでリフレッシュするのか、非常に悩ましいといったところ。